ちょっといい話(52)

遺跡
     ヒッタイトの遺跡(ハットゥシャシュ・トルコ)

『鉄道員(ポッポや)』(99年公開)は高倉健晩年の名作で、彼は北海道のローカル線の定年間近の駅長(といってもほかに駅員はいません)の役を演じています。

 

映画の撮影は準備に手間取るために、俳優から見れば待ち時間が多いもので、そうした時はそれぞれに準備された椅子に座って時間を潰しているのだそうです。

 

しかし高倉健は与えられた椅子には座らずに、じっと立って出番を待っていました。スタッフが座るようにと勧めても、高倉健は生返事をしているばかりです。不審に思ったスタッフがさらに問いただすと、高倉健は困ったようにこう言いました。

「座ると、ズボンに皺が寄るからですよ」

 

それを聞いたスタッフは、笑ってしまいました。

「実際の駅長さんだって、立ったり座ったりして仕事をしているのですから、ズボンに皺が寄っていなければ、むしろおかしいですよ」

 

すると高倉健は、きっぱりとした口調でこう答えたそうです。

「実際の駅長がどうあれ、映画の主演俳優のズボンに皺があってはいかんのですよ」


ちょっといい話(51)

 
トルコ風呂
    サフランボルのトルコ風呂(トルコ)

高倉健はスターぶったところがまったくない人で、義理堅く、人情が厚く、礼儀正しくて、何事にもきちんと筋を通す、まるで映画の役柄そのままの性格だと伝えられています。


『夜叉』(東映、85年公開)の撮影で福井へロケに行った時、
高倉健は休みの日でしたが、ロケ現場へ激励に現れました。寒さ厳しい時期だったので、出演者・スタッフはドラム缶に薪を放り込んで暖をとっていましたが、高倉健を見かけてすぐに場所を空け、一番前で当たれるように配慮しました。ところが高倉健は手を振って、「自分はオフで勝手に来た身なので、仕事できている皆さんこそ温まってください」と答えて固辞しました。


しかし天下の大スター・高倉健が焚き火に当たらずに立ち尽くしているのでは、誰も火に近付くことはできません。やがて「頼むからあたってくださいよ。健さんが当らないと僕達も当たれないんです」と声が上がり、「じゃあ、当たらせていただきます」となって、やっと皆で焚火に当たることができたということです。


また、この『夜叉』の撮影初日が終わり、役者・スタッフの泊まる旅館へ到着して食堂へ行くと、高倉と監督の前だけ、皆とは違った豪華な料理が並んでいました。これを知った高倉はすぐに、「自分も皆さんと同じ料理にしてください」と申し入れたそうです。


ちょっといい話(50)

 
サフラン・ティー
      サフラン・ティー(トルコ・サフランボル)

高倉健といえば、寡黙な立ち姿に凛とした男の強さと不器用な優しさを漂わせる名優でしょう。

その高倉健は60年代後半から70年代前半にかけては、東映の仁侠映画を背負って立つ大スターであったのは、皆様の記憶に残っていることと思います。

 

しかしさしもの仁侠映画もようやく下火になった76年に、高倉健は長年住みなれた東映を退社して新しい分野に進出することになります。その第一歩が77年公開の「八甲田山」(東宝)と「幸福の黄色いハンカチ」(松竹)の二大大作への出演でした。

 

どちらも素晴しい興行成績を上げましたが、その中でも「幸福の黄色いハンカチ」は第一回日本アカデミー大賞の最優秀監督賞(以下最優秀は省略)、脚本賞を山田洋次、主運男優賞を高倉健、主演女優賞を倍賞千恵子、助演男優賞を武田鉄矢、助演女優賞を桃井かおりと総なめにする高い評価を受け、日本映画史に残る傑作となりました。もちろん高倉健の代表作の一つです。

 

この映画の撮影は、主人公の島勇作(高倉健)が6年の刑期を終えて網走刑務所を出所し、大衆食堂に飛び込むシーンから始まりました。

 

主人公はビール、カツ丼、ラーメンを注文し、やがて運ばれてきたビールを一息に飲み干したあと、カツ丼をがつがつと貪り食らいます。久しぶりの娑婆の食事にむしゃぶりつくその姿には迫真の迫力が溢れていて、もちろん一発でOKとなりました。

 

松竹初出演の初シーンですから、山田洋次監督も高倉健の演技を生で見るのは初めてで、感嘆して言いました。

「高倉さん、素晴しかったですよ」

 

すると高倉健は、照れた表情でこう答えたそうです。

「このシーンから入ると聞いたので、この二日間飲まず食わずで居ただけです


年賀状

 

 
明けまして、おめでとうございます。

ちょっと事情があって、昨年後半はブログの更新が途絶えていましたが、今年は気持ちを新たに取り組んでいきたいと思っています。本年もよろしく、お願いいたします。

高速道路無料化について

ニューカレドニア22
       ヌメアの街角(ニューカレドニア)

 今週の月曜日から、高速道路無料化の社会実験と称して、全国の高速道路のうち52路線、延べ1,652キロにわたって無料化が実施されました。この処置は11年3月31日まで行われる予定です。対象となる路線は地域性の強い比較的距離の短いものばかりで、私が住んでいる神奈川県で言えば、新湘南バイパス、西湘バイパス、箱根新道が該当します。

 

 実施後の利用者の感想を聞くと、歓迎する人が大半を占めているようです。しかし私は、これが来月の参院選挙目当てのバラマキ政策の一環と思えてなりません。

 

 高速道路を無料化すれば、当然それを管轄する道路会社にとっては減収になります。それなのにどこからもくクレームが付かないのは、その減収分は国が補填するからです。その金額は、今回の実験で1,000億円に達すると伝えられています。

 

 国が補填するといっても、その財源は本来税収を当てることになりますが、不景気の結果税収は予想外に落ち込み、平成22年度予算では44、3兆円もの国債を発行してようやく辻褄を合わせているのが実情です。

 従って高速道路が無料になるとはいっても、そのツケは借金として次の世代へ肩代わりしてもらうだけのことです。

 

 自分がただで高速道路を利用するということは、将来自分の子供や孫にその料金を払ってもらうということなのです。自分が使った高速道路は自分で料金を払い、次の世代に迷惑を掛けないようにするというのが、常識でしょう。今がただなら後はどうなってもかまわないというのは、社会人としてはあまりにもさもしい感覚ではないでしょうか。

 


ちょっといい話(49)

ニューカレドニア23
    ヌメア・ビーチのシャワー(ニューカレドニア)

 明日がガールフレンドの17歳の誕生日とあって、何か喜んでもらえるようなプレゼントをしたいと思った少年が、考えあぐねて母親に尋ねてみました。

「ママ、明日がママの17歳の誕生日だったら、何が欲しい?」

 すると母親は、夢見るような遠い目をしてこう答えました。

「何もいらない!」


普天間問題について

ニューカレドニア21
     ヌメアの夕日(ニューカレドニア)

 5月も終わりに近づきましたが、鳩山首相が自らに課した普天間基地移設への具体的な日米合意は暗礁に乗り上げつつあります。「国外、最低でも県外」と言い続けて8ヶ月間も右往左往してきた結果が、06年に日米両政府が14年を目途にキャンプ・シュワブ沖にV字形の滑走路を建設するといういわゆる現行案に戻したいというのですから、散々期待を煽られてきた沖縄県民が激怒しているのも無理はありません。

 

そもそも現行案は14年にわたって日米間で様々な討議を重ねてようやく結論に達したもので、地元の沖縄県知事、名護市長の同意も取り付け、あとは工事の着工を待つばかりの段階に至っていたものです。

 ところが昨年9月に政権交代が実現すると、突然鳩山首相が現行案の見直しを宣言したのには驚きました。

 素人が考えても、こうした長い外交交渉を経てようやく決着した問題を見直そうとするならば、まずは水面下で非公式の折衝を行い、見直す余地があるという感触が得られた上で相手の条件を聞き、日本にとって受け入れられるかどうかを検討してから、公式に発表するという手順を踏むのが当然でしょう。

 

 しかし今になってはっきりしてきたのは、鳩山首相は海外、国内の誰とも調整を取らずに、ただの思いつきで「国外、少なくても県外」とぶち上げたということです。しかも驚いたことには、この鳩山発言を受けた岡田外相と北沢防衛大臣がそれぞれ独自の見解をぶち上げたではありませんか。

 会社でいえば、社長、専務、常務がそれぞれにまったく異なる会社方針を記者発表したようなもので、まともな組織としてはとても考えられないことでしょう。

 

 各大臣が閣内で異なる意見をぶつけ合うのは結構ですが、外に向かっては一枚板でなければ国民に対して何の説得力もなくなってしまいます。鳩山首相以下の閣僚達も、政権与党としての心構えがまったくできていないというのは驚くべきことです。

 

 鳩山さんのくるくる代わる発言といい、自分の言葉を守れないことに関する責任感の欠如といい、この人は単なる金持ちのお坊ちゃんで、言いさえすれば誰かがやってくれると信じているに違いありません。

 

 小沢幹事長といい鳩山首相といい、政治資金の問題についての説明から逃げまくっている姿勢には、ほとほと愛想が尽きました。民主党の内部からも、7月の参院選では現有の53議席から20議席減という厳しい予想が出ているそうですが、国民を馬鹿にしてきたつけは、きちんと払ってもらいたいものですね。


ちょっといい話(48)

 
きのこ岩
        きのこ岩の奇観(カッパドキア)

 シカゴに駐在している日本人が、ニューヨークに行きたいと思ってシカゴ駅に出向きました。窓口で切符を買おうして、ふと「ニューヨーク行き」の「行き」を示す前置詞は何かと迷い、とりあえず“to New York”と言ってみました。すると窓口から切符が2枚、突き出されました。

 

 その男はあわてて“for New York”と言い直しましたが、今度はなんと4枚の切符が出てきたではありませんか。男は途方にくれて「エート」と言いながら考え込んでしまうと、ついに8枚の切符が目の前に突きつけられたということです。




トルコに行ってきました!

アヤ・ソフィア
      アヤ・ソフィア博物館(イスタンブール)

 昨日、10日間のトルコ・ツアーから帰ってきました。

 

 早い出発、遅いホテル到着、観光地ではツアー客が意識もうろうとしてさ迷う過酷なツアーがあることは噂には聞いていました。しかし自分がその被害者になろうとは、夢にも思っていませんでした。

 

 旅行会社の名前は伏せますが、今回私が参加したツアーはまさに体力勝負の地獄巡りのツアーでした。

 何しろ1日目が13時間のフライトに疲れきっての午後10時のイスタンブールのホテル着、翌朝は7時発のアンカラ行きの飛行機に乗るために3時45分の起床ですからたまりません。

 

 その後も8時45分の出発が1回あったのを例外として、5時台の起床がザラで、しかもホテル到着が9時、10時なのが珍しくありません。バス移動の時は死んだように眠っていましたが、あれは眠るというより、意識を失うというのが正しい表現かと思います。

 

 私はツアーの楽しみは、出発前、ホテル到着後の周辺の散策にあると信じているのですが、今回はそんな贅沢は望むべくもなく、風呂につかるのもそこそこにベッドに潜り込む毎日でした。ツアーに際しては、毎日1時間ほど掛けてその日の出来事をノートに纏めるのが常なのですが、今回はついに白紙のまま日本に帰ってきてしまいました。

 

 たった1つの救いは現地ガイドの男性が極めて有能で、トルコの文化や歴史に精通しているばかりではなく、日本語が並みの日本人より堪能で、「一期一会」、「目黒のサンマ」とか「上州名物はかかあ天下と空っ風」といった言葉がぽんぽんと飛び出し、しかも機知に溢れた話術の持ち主であったことでした。  
 しかもその日の天候に応じて臨機応変にスケジュールを組み替え、実に効率的に観光地を巡ってくれました。ただ熱心なあまり、本来は予定にない見所を随所に織り込むために、ホテル到着が遅くなる きらいはありましたが。

 

 それでも買い物に関しては、「ここではこんな買い物をしてはいけない」、「トルコは絨毯(じゅうたん)の本場だが、その価値基準はこういう点にある」といったアドバイスをくれ、全体で見ればまことにいいガイドだったと思います。

 

 そうゆうわけで決して合格点は付けられないツアーでしたが、日本とトルコの緊密な友好関係の歴史を知る意味でも、意味のあるツアーだったと思っています。

 

 

政治の混迷

ニューカレドニア13
   lリビエンブルー州立公園にて(ニューカレドニア)

 鳩山首相の迷走ぶりは、ここへ来て極まった感があります。

 

普天間移設の件でも、党首討論の時に「私には腹案がある」と自信たっぷりに言い切ったので、「おお、これはひそかに水面下で動いていて、どこかと話が纏まりつつあるのか」と期待したのですが、その後岡田外相がルース駐日米国大使と会談した際に徳之島に基地を移したいと申し入れ、地元の了解が得られていないような提案では協議に入れないと、一蹴されたと伝えられました。

 

鳩山さんの腹案とはこの徳之島のことだったらしいのですが、腹案というからには「そちらがこの提案を呑んでいただけるのなら、私の方はこの線で纏める根回しは済ませていますよ」というレベルまで仕上がっていると思うのが常識でしょう。それがこの案が表に出たとたんに徳之島挙げての反対決議が出される有様で、誰も何の根回しもしていないのは明らかです。

 

要するに、徳之島案とは鳩山さんがふっと思いついただけでまだ少しも具体化していない案なので、こういうものは腹案とも程遠い単なる思いつきと呼ぶべきものでしょう。

 

普天間移設は5月末までに決着をつけると大見得を切っておきながら、残る時間はあと40日しかなくなりましたが、まだ地元ともアメリカとも協議にも入れません。鳩山さんは、一体どう決着をつける積もりなのでしょうか。

 

宇宙人の鳩山さんのことですから、交渉が決裂しても「私は徳之島案を提示したのに、アメリカはこれを受け入れなかった。だから悪いのはアメリカで、私には何の責任もない」と言って、平然としているのかもしれませんね。

 

高速道路の無料化も、迷走がとまりません。先日前原国交大臣が発表した案は、すべての日に軽自動車は上限1千円、普通乗用車は上限2千円、大型車は上限5千円とし、その代わり現在実施している早朝割引、夜間割引などの割引制度を廃止するというものです。また首都高のように現在一律700円のところは、距離に応じて上限が900円に引き上げられます。

 

早朝割引や夜間割引は、近距離の通勤、配達に使われていることが多いため、広範囲にわたって高速料金が値上げになります。土日に長距離を走った場合でも、乗用車は上限1千円が2千円になるので、これも値上げです。もちろん平日に長距離を走れば現在よりも安くなりますが、試算に拠れば何と全体としては値上げになるというのです。

 

高速道路の無料化はもともと無理な話だと思っていましたが、いじくり回した挙句に値上げとは、マニフェストに掲げた公約はどこへ行ってしまったのでしょう。

 

今晩のニュースでは、鳩山内閣の支持率がついに28%まで落ち込んだと報じられました。ところがこうした事態に本来ならば受け皿となるべき自民党も、一向に支持率が上向きません。それどころか新党結成の噂が乱れ飛んで、昨日には『たちあがれ日本』が結党となる騒ぎです。

 

それにしても、この新党の顔触れはどうでしょう。平山赳夫氏、与謝野馨氏、園田博之氏、藤井孝男氏、中川義雄氏とくれば、平均年齢70歳ととうに賞味期限を切れているばかりではなく、いずれもかつては自民党の重鎮として、自民党をここまで凋落させてきたA級戦犯ではありませんか。

 

自民党を再生させるなら、まず自分達が身を引くのが筋というものでしょう。それにしても新党というものは普通ならば多少なりとも清新の香りがして期待を抱かせるものですが、この新党にはそうした溌剌としたエネルギーも感じられず、渡辺喜美氏あたりから『立ち枯れにっぽん』と冷やかされてしまうのもまことにもっともですね。

 

国民は自分達に見合った政治しか持てないとよく言いますが、これもみんな私達が悪いのでしょうか。何だかお先真っ暗になってきました。

 


calendar
     12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
31      
<< December 2017 >>
私を登録 by BlogPeople
selected entries
categories
archives
recent comment
recent trackback
recommend
日産の光と影―座間工場よ永遠なれ
日産の光と影―座間工場よ永遠なれ (JUGEMレビュー »)
高岸 春嘉
80年代には、日本の生産技術を象徴する最新鋭工場として、世に知られた日産座間工場の栄光の歴史が、今蘇る!
links
profile
search this site.
others
mobile
qrcode
powered
無料ブログ作成サービス JUGEM